阪神・淡路大震災が残したもの

大学生協神戸会館

この「大学生協神戸会館」は、兵庫県内の11の大学生協とそれらが結集する大学生協神戸事業連合、そのすべてを含む大学生協神戸地域ブロックの想いと力を集め、そして、全国大学生協連合会の多大な助力を得ることで、今般、この地に実現しました。

この会館には、神戸地域ブロックの活動を支える施設、そして神戸事業連合の事務所などがありますが、あわせて、大震災のメモリアルとして、資料などを展示・閲覧できるスペースも用意しました。

それぞれの体験から教訓や課題を

1995年1月17日早朝、私たちを襲ったあの地震。

そのとき被災地にいたかどうかは別にして、私たちには様々な実体験があります。それらはまぎれもなく具体的な事実ですが、あくまで断片的なものです。私たちの責務としてそれらを取りまとめ、教訓や課題を導き出したいと思います。

ボランティア

ボランティア元年という言葉が語られたように、多くの人々が、自発的な意思によって、被災者の救援活動に参加しました。困っている人のために何かしたいという無償の行為は社会の根本にある人々の協同意識を思い起こさせるものでした。特に学生など、若い人々の動きは、人々の目を瞠らせ、今後への希望を与えました。しかし、人々の自発的な意思を実際の社会的な「力」にしていくためには、仕組み作りも必要です。ボランティア活動団体を支える「NPO法」も制定されましたが、まだ不十分な点があると指摘されています。今後の社会作りに学生・市民がどのように力を発揮していくべきか、その問題意識を持続しなければなりません。それを支える仕組みを地域ブロックの中に作りたいと思います。

生協による支援活動

国の生協はその組織の総力をあげて、被災地の支援に動きました。
現地の生協はいち早く、それぞれの役割をその地にあって発揮しました。
その後、全国の生協からも続々と生活物資が届けられ、地域の人々の生活を支えました。その中には全国の大学生協によるものも多くあり、学生のボランティア活動はもちろん、多くの生協職員による人的支援もなされました。
生協が、助け合いの組織であること、存在自体がある意味で社会的な備えであることを遺憾なく示せたと言えます。

仮設学生寮

当時の大学生協の活動の一つに、仮設学生寮の設置があります。芦屋のテニスコートに建てられたログハウス(木造組立住宅)と同等のものをこの建物の屋上に設置しました。これ自体がモニュメントとしての意味も持ちます。

いわゆる「学生下宿」は比較的老朽化した木造住宅であることが多く、震災当時、多くの学生がその住居を失い、亡くなられた学生も少なくありませんでした。全国大学生協連合会は、多くの人々の理解を得て、この現地の五ヶ所に「仮設学生寮」を設置しました。合計の部屋数は224室でした。

芦屋のテニスコートに設置されたものは、他の4つとは異なり、杉の間伐材を活用したものでした。徳島県三好郡山城町の森林組合と大阪の建築家が協同して、様々な取り組みを行っていましたが、震災に際して、間伐材の活用としての仮設学生寮が実現したものです。

この出会いはその後、人と自然のネットワークを考える「JUON NETWORK」(JUON=樹恩)の結成につながりました。

神戸会館を共同作業の「場」に

今回、神戸会館の設置によって、一つの「場」が用意されたと言えます。経験が経験にとどまっている限り、風化も早いと言わざるを得ません。私たちは、この「場」を活用して、教訓や課題をまとめ、それを次の世代の人々にも伝え、社会のあり方をともに考えていきたいと願っています。